2019本

私が2019年1月から年末までに読んだ本の中から選んだベスト10。
今年は環境の変化もあって時間に余裕ができ、若いころ読んだ開高健、北杜夫、山下洋輔あたりを再読できたのが収穫だった。それにしても物語的興味は映画で賄ってるせいもあるが、小説を3冊しか読んでないのはいかんなあ。反省。

10位
『成瀬巳喜男 映画の面影』川本三郎
「貧乏」「金勘定」「戦争未亡人」「路地」といった様々なキーワードから成瀬巳喜男監督作の特徴を浮き彫りにしていく。評論だがむしろエッセイに近い読みごこち。
川本さんが成瀬にハマったのは40代を過ぎてからだそうで、その頃から「失われた東京の風景」をとどめようと意識して町歩きに励むようになり、永井荷風を熱心に読むようになった。つまり町歩きや永井荷風という川本さんのライフワークの原点が成瀬だった、とあとがきで述べている。
恥ずかしながら、成瀬は遺作『乱れ雲』しか見たことがなく「はて、何を見たらよいのだろう」と長年、迷っていた私にとって本書は福音。とりあえず『浮雲』を見なくっちゃ。

9位
『たのもしき日本語』吉田戦車 川崎ぶら
ギャグ漫画家の吉田戦車とライターの川崎ぶらが任意に日本語(のちに外国語も)を抽出し、主に語義のニュアンス(語源や文法の考察もあり)についてざっくばらんに語りあう。そう書くと堅苦しい書物と思われるかもしれないが、両人とも言語感覚が独自で、この二人にかかるとありふれた日本語が急に「たのもし」く思えてくるから不思議だ。
この面白さは引用した方が伝わりやすいだろう。たとえば「モテモテ」の項のぶらの発言。
「『彼女はモテモテだ』で済むところを『彼女は俺たちにモテられている』と従えるわけか。それは傑作だな。主体的に思慕を発しながら、受動的な相手の状態を客観的に評価するという、非常に複雑な状態になっている」
勝因はなんといっても、二人の口調を明治・大正期の書生のような古めかしい(ゆえに一周回って斬新に感じられる)語りに再構成した点にあるだろう。まとめもぶら本人が兼ねており、文庫解説の南伸坊もそのユニークな着想を指摘し、大いに感心している。

8位
『新しい天体』開高健
「新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである――ブリア・サヴァラン『美味礼讃』」
『最後の晩餐』同様の食エッセイと思ったら意外にも小説仕立てで驚いた。大蔵省の下っ端役人が余った予算(予算が余ると来年度の予算が削られる)を文字通り食い尽くすために全国を食べ歩くという人を食った設定がまず愉快。幼少時の思い出、高度経済成長で得たもの/失ったもの、飽満による虚無、イロゴトなど(むしろ)料理そのものよりも、料理を触媒として開高健の脳裏に去来した融通無碍な思考の数々が読みどころになっている。
主人公は役人だが、明らかに開高健自身が実際に取材しており(北海道の「会長」のキャラの濃さなど想像では書けまい)、解説によると掲載誌である週刊誌の費用で食いまくったとある。つまり税金で飲み食いした主人公の罪悪感は開高自身の投影でもあって偽りではないのだろう。

7位
『チェーン・スモーキング』沢木耕太郎
『バーボン・ストリート』と対を成すエッセイ集。スポーツ、小説、映画……沢木耕太郎の「清潔なダンディズム」が全篇を彩り、心地よく酔わせる。
私が若いころは沢木や村上春樹(沢木と比べると意図的に軽いってかポップ)のエッセイを読んで「背伸びして大人の世界を垣間見てる」気がしたものだが、こうしたエッセイの書き手は沢木やハルキが最後の世代なのかもしれないな(沢木もハルキもカテゴライズすれば「昭和」の作家だろう)。今の若い人は同時代の作家のエッセイを読んで「大人の世界に憧れる」なんて経験あるんだろうか。
高見浩氏の解説がとにかく秀逸で、なかでも山口瞳いわく「(沢木は)エッセイを小説のように書く」という指摘に深く納得。

6位
『栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人』里中高志
驚異的な執筆量を誇り、自らを「物語を語る速記機械」と呼んだ栗本薫/中島梓。物語らずにはいられない、その旺盛な執筆欲は何に起因するのか。本人も自覚し、周囲の人間もうすうす多重人格と察していた二つのペンネームの使い分け。やおいの開祖としての側面。借金を背負いこんでまでのめりこんだ舞台。執筆以外でのマルチな才能などなど……栗本薫/中島梓の実像を立体的に浮かび上がらせる力作評伝。
丁寧な取材、客観的な視点、抑制の効いた文章、と評伝としてのルックはほぼ満点。さらに、現実よりも想像力の世界を拠り所とした栗本薫の特異な作家論としても読み応え充分。個人的には「第五章 無名から有名へ」「第六章 狂乱の季節」の才能が一気に開花していくアッパー感に興奮した。

5位
『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』高野秀行
『謎のアジア納豆』で食という新たな金脈(以前に『移民の宴』はあるが)を掘り当てた高野秀行。その流れを汲む本書は、現地の方はあたりまえに食べているが、それ以外の地域では口にすることのない珍しい料理の数々を取材した珍奇な食レポになっている。
週刊誌連載で一回が単行本で3Pという短さなので、キモである異色食材の描写もコンパクトにまとめられ(それでも衝撃は充分、伝わってくる)、サド的な綿密な描写は抑え気味なので苦手な方も安心して読まれたい。それでも、虫サンドイッチや田んぼで捕獲したムカデやオタマジャクシの姿煮のインパクトは大。
意外とおいしいのがワニ肉だそうで「口に含んだ際は白身魚に似ているが、次第に噛み応えがでてきて、飲み込む際には鶏肉そっくり」らしい。まさに魚類と鳥類の中間の味で動物の進化の過程がよくわかる、との指摘が高野ならでは。

4位

3位
『私がオバさんになったよ』ジェーン・スー
宇多丸師匠(Galaxy時代からすでに雲の上の存在だった)との対談を目当てに読んだが、他のゲストも興味深く打率10割本。
個人的にジェーン・スーは未知の領域である40代の一歩先(私より1歳年上)を手探りでナビゲートしてくれる信頼できる存在なのだが、日本社会における未婚女性の生きづらさを考える時、セットで男性の呪いも解かなければならないという漫画家、海野つなみ(『逃げ恥』作者)との対談など男性が読んでもためになる。あと脳科学者、中野信子との対談のパンチラインである「意識は身体が動く時に出る削りかす」のすさまじさ。なかなかここまで達観できないが、考え方の一つとして記憶しておきたい。

2位
『ストーカーとの七〇〇日戦争』内澤旬子
実際にストーカー被害にあった内澤旬子の手記。
つきまとわれるだけがストーカー被害ではない。警察、弁護士などとの煩雑な手続きによって日常は忙殺され、加害者のSNSの書き込みは精神的な陵辱に等しい。法律は被害者の人権など守ってくれないことを赤裸々に暴きたてる。圧巻なのはストーカーが依存症の一種であり「病気」であるということ。先進諸国ではその考え方が広がっているのが日本ではまだまだ。作者は自身の身の安全のためにストーカーに治療を受けさせようと奔走するが、加害者に未練があるのでは?と勘違いされるのが笑えない。
誰もがストーカー被害にあう可能性を秘めているし、あるいはストーカーが自身では制御できない「病気」であるならば、加害者になる可能性も決してゼロではない。転ばぬ先の杖というか、ストーカーについて考える手引きとして最適。
もちろん、読み物としても(不謹慎だが)べらぼうに面白い。

1位
『もっとも危険なゲーム』ギャビン・ライアル
恒例の冒険小説の再読、今年はライアル。
狩猟だけに生きがいを見出す孤独な大富豪。19年前に主人公を裏切った男。偽造金貨の密輸。伝説の財宝。富豪の兄を探す妹。暗躍する男たち。そして主人公の過去……。骨格だけを言えばやさぐれパイロットを主人公にした巻き込まれ型スリラーにすぎないが、冒頭から手数が多く、畳みかけるスピード感があり、わずか300Pの尺ですべてを回収する構築度の高さに舌を巻く(むしろ詰め込みすぎに思えるほど)。
苦境にあって冴えわたる主人公の減らず口(気の強いヒロインとの軽口のたたき合いが実に愉快)、操縦、射撃などプロフェッショナルならではの思考/行動、そしてなにより「体じゅう蜂の巣のように射たれていながら、歯だけの力で断崖が登れる男なのだ」(冒険小説愛好家にとって伝説の一文!)という強靭な精神力など、冒険小説を読む喜びに満ちあふれた傑作。
クライマックスは見えない敵との闇夜の死闘。ここでどんな手を講じるのかという自問自答が一人称のキモ。昨年、マクリーン『ナヴァロンの要塞』の三人称一視点を単調と斬って捨てたが、どうしてライアルの一人称はこんなにも緊迫感が充満しているのか。これは宿題。

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2019年1月から12月末までに私が見た映画の中から選んだベスト10。
19年に国内でソフト化&配信された映画の中から選んでいます。

1位
『神と共に 第一章:罪と罰』
『神と共に 第二章:因と縁』
2位
『グリーンブック』
3位
『スパイダーマン:スパイダーバース』
4位
『女王陛下のお気に入り』
5位
『インスタント・ファミリー/本当の家族見つけました』
6位
『バジュランギおじさんと、小さな迷子』
7位
『シンプル・フェイバー』
8位
『ある女流作家の罪と罰』
9位
『運び屋』
10位
『ロマンティックじゃない?』

●主演男優賞
クリント・イーストウッド(運び屋)
●主演女優賞
のん(この世界の片隅に)
●助演男優賞
アル・パチーノ(アイリッシュマン)
●助演女優賞
レイチェル・ワイズ(女王陛下のお気に入り)

◆◆◆

10位
『ロマンティックじゃない?』
(2019・アメリカ)トッド・シュトラウス=シュルソン監督

ロマンティック

恋愛に夢も希望も持てない建築家が目覚めると、そこは大嫌いなラブコメの世界。一刻も早く元の日常に戻るため、お決まりのハッピーエンドを目指すが...。
(netflixより引用)

cinema365(以下c)ラブコメ嫌いなヒロインがラブコメ世界に迷い込み、そのお約束にいちいちツッコミを入れることで笑いを生む。つまりラブコメの脱構築なわけで、これは意外とありそうでなかったのかな?

movie(以下m):『キャビン』とか『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』とかホラーの脱構築はちょいちょい見かけるけど。お約束の多いジャンルほど脱構築しやすいってのはあるだろうな。 

c:↑のあらすじにもありますが、ヒロインはこの世界から脱出するために定番のハッピーエンドを目指す。つまりヒロインがラブコメのお約束に乗っかっちゃうわけです。これって脱構築しておきながら原点回帰するわけで一見、テクニカルにも思えるんですが、なんだかもやっと。なんだ、徹底してないじゃんって。

m:ところが本作に驚くのはこの先で、なんとラブコメ幻想を粉々に破壊するんだ。
ネタバレになるから詳しくは言わないが、ディズニープリンセスにもはや王子様はいらないって一大パラダイムシフトを提示した『アナと雪の女王』の衝撃を思い出したよ。 
そうしたラブコメ幻想の破壊を踏まえた上で、観客をもう一度ラブコメに恋させる真のエンディングが用意されている。心憎いとはこのことか。

c:図式的に整理すると
ラブコメの脱構築→回帰→破壊→再発見
ってことですかね。
優れたラブコメ批評であると同時にラブコメ礼讃でもあるという。

m:ただ手放しで絶賛というわけでもなくて、特にラブコメ幻想破壊のくだりはあまりに唐突。本作はエンドクレジット+αを除くと、尺が80分しかなくて図式だけを先行させた感も否めない。もっと描きこんでもよかったと思うな。

c:あとヒロインを演じたレベル・ウィルソンは太ってるけど普通に美人で小顔。この人ってビジネスデブなのでは?
アン・ハサウェイと共演した『ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ』のリメイク(主要キャストを男優から女優に変更した『ゴーストバスターズ』『オーシャンズ8』の流れを汲む一本)『The Hustle』はアメリカでは評判が悪いようですが、早く日本にも出ておいで。


9位
『運び屋』
(2018・アメリカ)クリント・イーストウッド監督

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c:宇多丸師匠の時評とかネットで読める秀逸な批評が山ほどあるんでウチらごときが今さら口をはさむまでもない。
ただただ、イーストウッドの主演作が見られる幸せに感謝したい。尊い。

m:作中で案外ヨボヨボ(とはいえベッドシーンがあるので油断ならない)なんで、さすがに胸が痛むが、メイキングのブラッドリー・クーパーの発言によるとわざと年寄り演技してるらしい。普段は椅子からカンガルーのように飛び上がるんだって。もう一本ぐらい、平気で主演できるんじゃないか?
そうは言ってもイーストウッドは基本的に主演だけ。いくら元気でも90歳の老人の主演作は企画的に難しいだろうから(近年なら『手紙は憶えている』『2人のローマ教皇』ぐらいか)やはり見納めかもな。1930年生れでタメのショーン・コネリー、ジーン・ハックマンはゼロ年代前半でとっくに俳優引退してるし。まあ、ポール・ニューマンみたく最晩年ぐらいは脇に回った演技を見てみたいが。

c:そうそう、メイキングといえば、衣装に着古した感が欲しいんで『トゥルー・クライム』とか『グラン・トリノ』の衣装を実際に作中で着てるらしいですね。裁判シーンのスーツは『シークレット・サービス』だそうで。

m:あと、なんといっても多田野曜平の吹き替え。まさに山田康雄の生き写しだよ! これまでTV放送時のカット部分の追加収録とか旧作の新録はあったが、ついに新作の新録が実現。多田野にとっても感無量じゃなかろうか。字幕版を見た方もぜひ一度、吹き替えでも観賞してほしいね。


8位
『ある女流作家の罪と罰』
(2018・アメリカ)マリエル・ヘラー監督

ある女流作家

メリッサ・マッカーシー主演、私文書偽造に手を染めた女流作家を描いた実話。かつてベストセラー作家だったリーも、今ではアルコールに溺れ、家賃も滞納。そんな彼女が生きるため、コレクター相手に有名人の手紙を捏造する犯罪に手を染めていく。
(「キネマ旬報社」データベースより)

c:著名人の私信を偽造。つまり他人(の文体)になりきることで文才を発揮していく。こうした「自分ではない誰か」になりたい願望って映画ときわめて相性がいい。それは映画というメディアの特質のひとつとして「(観客が)他人の人生を追体験する」って点が備わっているからでしょうね。
ハワード・ヒューズの自伝をでっちあげた男を描いた『ザ・ホークス/ハワード・ヒューズを売った男』もちょっと思い出しました。

m:そもそも「(他人の人生を書くことが商売のはずの)伝記作家による自伝」の映画化って根本から人を食った話だわな。

c:私は『SPY/スパイ』の感想でも述べた通り、メリッサ・マッカーシーって苦手なんです。本作も偏屈で傲慢な人物として登場して「ああ、またか…」とうんざりしたんですけど、今回は嘘をついてるわけで、相手の反応をうかがって常にビクビクしてるんですね。つまり尊大なのに小心っていう「全方位型に人に好かれない」人物を見事に体現。

m:八方美人の真逆ってか。こういう役って演技派がガチにやると見てる側まで疲弊する。いわゆる「フラ」があるM・マッカーシーでないとできない役かもな。
キャシー・ベイツの後継者と呼ばれる日も近いかもしれん。

c:もう少し付け加えると、相手の反応をうかがってるから相手役もまた彼女の反応を気にしてるわけで、演技のパターンとして受け芝居×受け芝居が多いわけです。そこで図々しいリチャード・E・グラントが絶妙なコントラストになってます。
「したたかなゲイ」として若干、ステレオタイプな印象もありますが、人間のクズでありながら憎みきれないダメ男を好演。『それから』のクォン・ヘヒョと並んで本年度のダメ男映画の収穫としても挙げておきたい(笑)

m:オレが本作を高く評価してる理由は「書く」って行為を全面的に肯定している点にもあるんだよ。
どん底の人生を送り犯罪に手を染めた人物が(贋作とはいえ)「書く」という行為に自己の存在意義を認めて救われる。きわめて自己評価が低かった人物が最終的に「自分自身のことを書く」ことによって再生していく。そうした「書く」ことの治癒性って側面も見逃してほしくないな。


7位
『シンプル・フェイバー』
(2018・アメリカ)ポール・フェイグ監督

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ニューヨーク郊外に住むシングルマザーのブロガー、ステファニーは、ひょんなことから自分とは対照的にエレガントでミステリアスなママ友、エミリーと親しくなる。ある日、ステファニーはエミリーに頼まれ、彼女の息子を学校に迎えに行く。ところがその後、いつまでたってもエミリーは現われず、そのまま行方不明になってしまう。ステファニーはブログでも情報を募るが、エミリーの行方は杳として知れず。そんな中、彼女をミシガン州で目撃したという情報が入るのだったが…。
(allcinemaより引用)

c:バリキャリワーママとゆるふわ主婦ブロガーとの階級差を描いた導入部はいかにもポール・フェイグですが、急転直下サスペンスに。狂言なのか。首謀者は誰なのか。みんな大好きアナケンが素人探偵よろしく真相究明にのりだすサスペンス/ミステリ仕立てになってます。
ただ、繰り返しますが監督がP・フェイグなのでコメディ色はかなり強い。作中で語られる事件は実はかなり陰惨ですけど、アクセント以上の比重で笑いが挿入されるんで相殺されてます。終盤はむしろドタバタに思えるほど。

m:作中のセリフでも言及されるとおり、中盤の展開はサスペンス映画の古典『××のような×』に近い。それに、どうしたって『ゴーン・ガール』は思い出すね。
あと「なめてた相手が×××だった」もののバリエーションとしての見方もあり。

c:「相手をなめてた」ってことはそこにヒエラルキーがあるわけで、P・フェイグはそうした対立あるいは和解ないしは共闘といった女性どうしの関係性を描いてきたフィルムメーカーですけど、本作は終盤においてその作家性をミスリードに使ってるのも巧いですね。女の敵は女ではない?

m:cinemaさんのおっしゃる女性どうしの関係性なんだけど――ミステリなんでぼんやりとしか言わないが――本作は直接的に殺人を犯した女性と間接的に人を死に至らしめた女性の物語でもある。ただ、その対比/類似が事件の真相と呼応してないのがなんだかもやっと。「この事実を知ってるのは彼女だけ。だから彼女は××××る」って脚本上の手がかりとしてしか機能してないんだ。

c:そうした罪悪感、喪失感がコメディ寄りのテイストと合ってないのはわかるんですけど、原作はどう処理したんでしょうね。私もその点だけはちょっと引っかかりました。

m:とまれ、アナケンのコメディエンヌぶり、ブレイク・ライヴリーのファムファタルぶり、P・フェイグらしい女性どうしの関係性&達者なコメディ演出といった要素だけで、本作はすでに及第点に達している。
かてて加えて、(初の?)原作ものも手堅くこなす娯楽職人監督としての評価(ミステリのトリックとしてはアンフェアとの意見も耳にするが、トリックはともかく、中盤までの五里霧中のミステリアスな展開は立派な職人監督の仕事)も獲得したことで、フェイグはますます株を挙げたんじゃないのかな(すでに新作『ラスト・クリスマス』も日本公開済みでそっちの評価も悪くない)。


6位
『バジュランギおじさんと、小さな迷子』
(2015・インド)カビール・カーン監督

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パキスタンの小さな村に暮らす女の子シャヒーダー。口がきけない彼女は、母親と一緒にインド国境付近のイスラム寺院にやって来るが、ふとしたことから母親とはぐれてしまい、インド側に迷い込んでしまう。一人で迷子になっているシャヒーダーに気づいたのは、インドの青年でヒンドゥー教の敬虔な信者パワンだった。てっきりインドの少女と思い込み、ひとまず保護して居候先に連れ帰るパワン。ところがその後、シャヒーダーがパキスタン人だと判明、好意的だった周囲の態度も一変し、居候先にいられなくなってしまう。それでもシャヒーダーを一人で放り出すわけにもいかず、紆余曲折の末、ついにパワンはパスポートもビザもないままに、シャヒーダーと一緒にパキスタンへ入り、彼女の家まで送り届ける決意をするのだったが…。
(allcinemaより引用)

c:口のきけない少女と気が優しくて力持ちなサルマン兄貴のロードムービー。
一見ベタな話に見えますが、少女がしゃべれないのがミソ。なぜ口がきけないのに敵国、パキスタン人だとわかるのか。そこを数々の伏線や宗教の違いなどセリフに頼らず映像で描きだすのがきわめて映画的ですね。

m:前半のインドで二人がバスに乗る。少女に向かってサルマン兄貴が町名を挙げていくから住んでる町があったら手を挙げてと提案。するといつしかバスの乗客たちも故郷の町名を挙げ始める。このアットホームな感じが、あたかも観客もバスに同乗してる気分にさせる。その乗客の一人がなんでこんなことやってるんだとサルマン兄貴に問うと、「長い話になる」「時間ならいくらでもある」と回想場面が始まる。観客をバスの乗客へと同化させ、いっしょに兄貴の回想を聞いてる気分になる、回想シーンの導入として非常にスマート。
後半のパキスタンでもバスの場面があり、パキスタンの乗客は兄貴がインド人であることを知りながら警察の手からかくまう。こうした二度のバスの場面は対になっており、つまり国同士は対立していてもバスの乗客=市井の人々は親切で、決して隣国人に対して敵対心を抱いているわけではないという本質的なテーマにも繋がっている。
cinemaさんのおっしゃるとおり、一見ベタな映画に思えるが、セリフに頼らない映像的な演出とか場面を対置させる脚本の設計図とか、考え抜かれたクレバーな映画だと思うな。

c:後半、パキスタンに密入国すると少女の方が賢明で宗教にこだわるサルマン兄貴の方がかえって足手まといって展開もほのぼのとした笑いを生んでます。
ただし、そうした兄貴のばか正直な善行が、最終的に両国の国民を動かすってクライマックスには涙腺が決壊することうけあい。

m:日本でソフト化されてるサルマン兄貴の主演作は、確か『ダバング 大胆不敵』と『タイガー 伝説のスパイ』しかないが、本作は『タイガー』の監督×主演コンビのリユニオン。
『タイガー』は明らかに「ボーン」シリーズ以降のスパイ・アクションを体現してるし、敵国(印パ)どうしのスパイが恋に落ちるという展開はトニー・ギルロイの監督二作目『デュプリシティ ~スパイは、スパイに嘘をつく~』を意識させる。そうした意味で監督のカビール・カーンはギルロイのフォロワーなんだろうなあぐらいにしか考えてなかったが、印パ問題をすでに描いていることを鑑みれば、本作で開花する種は前作『タイガー』の時点であらかじめ蒔かれていたということか。
『タイガー』は本作ほど話題にならなかったし、本作とはタイプが異なる映画ではあるけれど、本作を見てサルマン兄貴の主演作をもっと見てみたいと思った向きには、ぜひ『タイガー』をお勧めしたいね。


5位
『インスタント・ファミリー/本当の家族見つけました』
(2018・アメリカ)ショーン・アンダース監督

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マーク・ウォールバーグ主演によるハートウォーミング・コメディ。里子を迎えようと決めたピートとエリー夫婦は、いきなり3人兄弟の里親に。苦労の末、長男・ホアンと末娘・リタからは親だと認めてもらえるが、長女・リジーとの距離は縮まらず…。
(「キネマ旬報社」データベースより)

c:養子縁組にまつわる煩雑な手続きや里親になる覚悟といった映画の基調になる部分を重々しくではなく、軽妙に描いて序盤からすんなりと物語世界に入り込めますね。
里子を保護された犬やリフォームの家などに喩えるマーク・ウォールバーグが相変わらずの脳筋キャラで笑えます。
里親グループもキリスト教原理主義者やゲイカップル、黒人少年を育ててスポーツ選手にしたい意識高い系シングルマザーとかユニークな面々で、そこでも笑いを取ってきます。「里親になるなんて正気の沙汰じゃない。笑ってないとやってられない」って「から元気の効用」は観客の実人生でもいろいろと応用が効くのでは?

m:「本当の家族見つけました」という副題から着地点は分かるし、一見(『バジュランギおじさん』と同じく)シンプルな話に思えるかもしれないが、演出のディテールは意外にも細やか。 
たとえばクリスタルのグラスが割れ、ドジな長男がそれを踏む。母親は心底うんざりという表情で息子に駆け寄るが、母親もグラスの破片をスリッパで踏む砕く。これは明らかに破滅の予兆だろう。次の場面の不吉さをほのめかしている。ところが――興を削ぐので詳しくは言わないが――定石どおりに次のシーンでも破壊が描かれるが、それはスクラップ&ビルドであり、行為そのものは同じ破壊であっても意味が真逆になっている。つまり観客の心理をもてあそぶ(演出上の)巧妙なミスリード。
監督のショーン・アンダースは一皮むけたんじゃないか。『パパVS新しいパパ2』を去年のベスト10に選出したオレらの目は節穴ではなかったな(笑)

c:愛されてるのになつけない、愛したいのに反抗してしまう、そんな手負いの猫のような複雑なティーンエイジャーをイザベラ・モナーが好演。彼女はヒスパニック系女優の期待の新星ですね。ちなみにエンディング曲も歌ってます。
あと、里親施設の支援員を演じる、突拍子もない冗談で場を和ませるオクタヴィア・スペンサーと事務的で笑わないティグ・ノタロの凸凹コンビもいい。
スペンサーは近年『ドリーム』『gifted/ギフテッド』『シェイプ・オブ・ウォーター』など、この人が出てればいい映画というもはや安定のブランドですけど、あまりの冷静ぶりにかえって笑えてくるティグ・ノタロの存在感がとにかく出色。この人もコメディエンヌなんですね。女性版ビル・ナイって喩えで少しは雰囲気が通じるかしら。

m:監督のS・アンダース的には再婚相手の子供になつかれない義父の悲哀を描いたコメディ「パパVS新しいパパ」二部作の延長線上かなっと思ったが、どっこい、監督自身も養子縁組の経験者で実は半自伝的な作品らしい。コメディでありながら作りものっぽくない親密さを感じるのはそのせいか。
近年、コメディ監督の賞レースでの大躍進が続いてるから彼の名前も覚えておいて損はないかもしれんね。


4位
『女王陛下のお気に入り』
(2018・アイルランド・アメリカ・イギリス)ヨルゴス・ランティモス監督

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18世紀初頭のイングランド。フランスとの戦争が長引く中、アン女王の幼馴染で、イングランド軍を率いるモールバラ公爵の妻サラは、病弱な女王に代わって宮廷の実権を握り、戦費の調達に奔走していた。そんな時、サラの従妹で上流階級から没落した若い娘アビゲイルが現われ、召使いとして働き始める。サラが政治に時間を取られるようになる一方、アビゲイルは巧みに女王の歓心を買い、着実にその信頼を勝ち取っていく。宮廷で不動の地位を築いていたはずのサラも、次第にアビゲイルの秘めたる野心に警戒心を抱くようになるが…。
(allcinemaより引用)

c:まず個性的なルックに目を奪われます。魚眼レンズの歪曲した映像やら極端なローアングルやら。さらにコスチュームプレイだしシンメトリックな構図も頻出するし、きわめつけは照明がろうそくだけの夜間撮影。これらはあきらかにキューブリック『バリー・リンドン』を想起させますね。
町山智浩さんの解説動画によると、ローアングルだと天井の照明が映ってしまうのでろうそくの明かりだけで撮影したということですが。

m:「成り上がりもの」って点でも『バリー・リンドン』と共通してる。

c:エマ・ストーンは没落貴族で男性に搾取されている。つまり階級社会と性差別の犠牲者として登場するので、観客は彼女を応援しながら観賞することになりますが、中盤で決定的な、ある一線を超えることで犠牲者から加害者へと変貌する。ってか本性を現します。
E・ストーンがこうした観客の感情移入を拒否する人物を演じるのは珍しいですね。

m:ぶっちゃけ、ビッチ役だよね。
昨年のテンにも選出した『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』ではLGBTを演じたし『ラ・ラ・ランド』でのアカデミー賞受賞以降、攻めた役が多い。自由に役が選べる立場になったってことかな。もっとも売れっ子だから受賞前から数年先のスケジュールは埋まってのかもしれんが。

c:対するは冷酷で頭の切れるレイチェル・ワイズ。彼女は女王の寵愛を利用して権力を掌握しています。女王に対してずけずけと物をいう不遜な態度を見せつけながら、終盤ではその不敬の裏側に隠された女王への思慕を仄めかし、それでも最後まで凛々しさを失わないという硬軟入り混じった演技で観客を魅了します。文句なしに彼女のベストアクトだと言い切りたい。

m:↑でcinemaさんがおっしゃった通り、本作は撮影がひじょうに個性的なんで一見、アート映画に思えるんだけど、中盤以降、この二人がガチでマウントを取り合う展開はエンタメとしてべらぼうに面白い。
策を弄し、相手の一歩先を読み、最後までどちらが勝つのかわからない。こうした手数の多い脚本は大好物だよ。

c:そして二人のラブコールを天秤にかける女王を演じるのはオリヴィア・コールマン。
幼児性と不釣り合いな強大な権力、グロテスクと同時に観客に哀れみすら抱かせる複雑な人間性を、オーバーアクトと紙一重でありながら説得力のある演技で見事に体現。
今年のアカデミー主演女優賞は7度目のノミネートで功労賞的な意味合いも強い『天才作家の妻/40年目の真実』のグレン・クローズが本命だったそうですが、見比べてみるとクローズは相手が悪かったとしか言いようがない。人物像の奥行きにしても演技の振り幅にしてもコールマンの方が断然上。これは勝てませんね。納得の受賞といえるかと。

m:まあとにかく『女王陛下のお気に入り』は個性的な撮影、エンタメとしても優れた脚本、そして3大女優の演技合戦と、撮影・脚本・演技のどれもが素晴らしい。傑作と呼んでどこからも差し支えないんじゃないか。
ちなみに監督のヨルゴス・ランティモスの次回作はジム・トンプスン原作『ポップ1280』(!)で、これはもう期待しかないな。

c:そうそう『イヴの総て』についても触れておきましょう。宇多丸師匠の時評の中で「立場乗っ取りものの古典」として題名だけ挙げられていたんで急いで見たんですが、アプローチが違いますね。具体的にいえば、ガチでマウントを取り合うのではなく、気づけば下の立場の者に地位を奪われていた、気づけばもはや手遅れだったという作劇はある種、ホラーにも近い。結末の余韻などもひじょうに類似性(合わせ鏡とウサギのオーバーラップ)を感じますし、見比べてみるも一興じゃないでしょうか。


3位
『スパイダーマン:スパイダーバース』
(2018・アメリカ)ボブ・ペルシケッティ/ピーター・ラムジー/ロドニー・ロスマン共同監督

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スパイダーマンことピーター・パーカーの突然の訃報を受け、悲しみに暮れるニューヨーク市民たち。そんな中、ひょんなことから突然変異した蜘蛛にかまれ、スパイダーマンの能力を手に入れた13歳の少年マイルス・モラレス。彼はピーターの遺志を継いで新生スパイダーマンとして世の中を守ると誓うが、自分の力をうまくコントロールできずに不安ばかりが募っていく。するとそこへ、死んだはずのピーターが中年の姿で現われる。彼は、闇社会に君臨するキングピンの恐るべき実験によって時空がゆがめられたために、別の次元から飛ばされてきたのだった。マイルスはキングピンの野望を阻止し、中年ピーターが元の次元に戻れるよう、一緒に戦うと決意するのだったが…。
(allcinemaより引用)

c:アカデミー長編アニメーション部門受賞。みんな大好き『スパイダーバース』です。
名うての論客たちがこぞって褒めてる最大の理由はアニメ表現としての新しさなんでしょうが、うちらはアニメについては門外漢だし、語彙力が不足してるので単に「すごい」としか言えないのがもどかしい。 

m:サム・ライミ版『スパイダーマン』の長所は色々あるが、なんと言っても摩天楼の間をびゅんびゅん飛び回るアクションは当時、斬新だった。つまりスパイダーマンはアメコミヒーローの中でも特にアクションと相性がいいわけで、今回のアニメ版もそうした動きの面白さ/気持ちよさという特質が最大限にフィーチャーされている。 
もちろん本作のアニメ表現としての素晴らしさはその点だけではないけれど。 

c:そのライミ版が2002年。そこから20年弱で7度の映画化、2度のリブート。もはやスパイディはバットマンと並んで「みんな知ってる」ヒーローと言っていい。映画ファンとしての基礎教養レベルってか。
それは逆にいえばマンネリでもあるわけで、今回(黒人の主人公とはいえ)あらためてヒーロー誕生のオリジンを見せられても「またか」って既視感は否めないんですが、そこを逆手にとる作劇が見事。「OK、もう一度だけ説明しておくね」ってセリフが繰り返しのギャグのみならず、歌舞伎や古典落語の演目を思わせる、ある種の様式美にまで昇華されてる。「よっ、待ってましたァ」と思わず合いの手を入れたくなるってか。

m:MCUの浸透もあってわれわれ映画ファンは過去に類を見ないほど多く、ヒーロー誕生のオリジンに触れているが、本作のマイルス・モラレスはかなり異質。多次元から招聘された6人のスパイダーマンに比べて自分はあまりにも未熟。彼らにがっかりされたくないから戦闘に参加しないマイルスのメンタルの弱さはいかにもイマドキだが、弟子を導くメンターもまた、メンターらしくないダメ男って設定によって相対化されてるのがきわめて効果的。

c:本作におけるメンターは実は二人いるのですが、そのどちらも主人公にとって反面教師になっている。アメコミ映画史上最弱のメンタルを持つマイルスが、そのメンターを超えていくって設定には爆上がりしかないし、成長物語としてきわめて真っ当でもありますね。
その意味でも現在のアメコミ映画ブームの礎となったライミ版『スパイダーマン』の正しい継承と言えます。


2位
『グリーンブック』
(2018・アメリカ)ピーター・ファレリー監督

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1962年、アメリカ。ニューヨークの一流ナイトクラブで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無教養だが家族思いのイタリア系男。店の改修で仕事がなくなり、バイトを探していた彼のもとに運転手の仕事が舞い込む。雇い主はカーネギーホールに住む天才黒人ピアニスト、ドクター・シャーリー。黒人差別が色濃く残る南部での演奏ツアーを計画していて、腕っぷしの強い運転手兼ボディガードを求めていた。こうして2人は、黒人が利用できる施設を記した旅行ガイドブック“グリーンブック”を手に、どんな厄介事が待ち受けているか分からない南部へ向けて旅立つのだったが…。
(allcinemaより引用)

c:具体的な作品名や監督名が浮かぶわけではないのですが、どこか懐かしい、昔の地上波の洋画劇場で見たような映画。こういう気持ちのいいアメリカ映画を見てうちらは映画ファンになったわけですから、うちらにとっての原風景ってか。あらためてアメリカ映画はいいなあって再確認しました。

m:そうだね。アメリカ映画と言えばやはりロードムービーで、本作の監督はファレリー兄弟(の兄の方)なんだが、彼らの作品は『ジム・キャリーはMr.ダマー』、続篇『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』、『新・三バカ大将 ザ・ムービー』とかロードムービーが多い。
で、ロードムービーって必然的にバディムービーでもあるわけで、そっちも『ふたりにクギづけ』『ホール・パス/帰ってきた夢の独身生活<1週間限定>』(一見ブロマンスに見えるが、全然違う)とか彼らの得意分野といえる。
『グリーンブック』って相当こなれた印象を受けるんだが、それも当然でファレリー兄弟にとってロード&バディムービーって十八番の設定なんだよ。

c:それにしても「下ネタ、動物虐待、身障者差別」がトレードマークのファレリー兄弟(の兄の方)がこんな誰からも愛される(スパイク・リー以外w)映画を撮るなんて!
もっとも身障者差別は誤解で、彼らの言い分としては「身障者を健常者と同等に描いてる(イジってる)」ってことらしいですけど。

m:ファレリー兄弟には身障者の友人がいて、彼に「なんで普通の映画には身障者がでてないんだ」と言われて考えを改めたと。だから彼らの作品では身障者が健常者と同じように笑いのネタにされている。それは決して差別ではなくきわめてフラットな姿勢なんだよね。(※参考リンク
今回は身障者差別ではなく人種差別の話だが、ファレリー兄弟のそうした偏見のない価値観を留意すれば「白人の救世主」云々って批判は一方的な見方だとわかると思うけどな。だって本作は「高貴な黒人に貧乏白人が啓蒙される」話でもあるわけだから。

c:これは何度か言ってますけど、昨今コメディ監督が賞レースを賑わせるケースが増えてます。例えば「オースティン・パワーズ」「ミート・ザ・ペアレンツ」シリーズのジェイ・ローチ(『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』)やウィル・フェレル「俺たち」シリーズの アダム・マッケイ(『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バイス』)など。来年の賞レースに「ハングオーバー」シリーズのトッド・フィリップス(『ジョーカー』)は確定とも言われてますし。
本作もそうした流れを汲む一本なわけですけど、まあしかしファレリー兄弟(の兄の方)がアカデミー作品賞受賞とは! 

m:ゼロ年代中盤から10年代のアメリカン・コメディ界を牽引してきたのはジャド・アパトー率いるアパトー・ギャングたち。彼らのトレードマークといえばブロマンスだが、下ネタをカジュアルに語り、下ネタの敷居を下げた功績も大きい。でも、その原点ってやっぱり98年『メリーに首ったけ』にあると思うんだ。
そうした意味でファレリー兄弟は(現在進行形の)アメリカン・コメディ史における最重要人物だと思うから正当に評価されて嬉しいよ。

c:ファレリー兄弟(の兄の方)は『ムービー43』でゴールデンラズベリー賞の最低作品賞を受賞してますから、アカデミー作品賞とラジー賞をどちらも受賞した史上唯一の監督兼プロデューサーでもあります(笑)
天狗にならずに『ムービー43』みたいなどうしようもないクソ映画も撮り続けてほしいですね。


1位
『神と共に 第一章:罪と罰』
『神と共に 第二章:因と縁』
(2017・韓国)キム・ヨンファ監督


火災現場で勇敢にも少女を救い出す一方、自らは殉職してしまった消防士のジャホン。まだ自分が死んだことすら理解できていない彼の前に、冥界からの使者カンニム、ヘウォンメク、ドクチュンが現われ、“人は亡者になると49日間のうちに7つの地獄で裁判を受けなくてはならない”というルールを説明する。その裁判すべてで無罪となった者だけが、現世に生まれ変わることができるという。そして3使者はそんなジャホンの地獄巡りに帯同し、彼の弁護と警護を務めるというのだった。やがて正義感にあふれた実直なジャホンの意外な過去が次々と明らかになる一方、下界にも飛び火した壮絶なバトルに巻き込まれてしまうジャホンだったが…。
(allcinemaより引用)

c:CGで厚塗りされた地獄めぐりのアトラクション(ただし中華圏映画のように安っぽくない)。MCUばりの長回しでの急加速&急停止アクション。異色の法廷ミステリ。意外にも人の心の暗黒を描いたシビアな、けれども温かい人間賛歌。さらにキャラ立ちまくりでユーモア度もそうとう高い。
つまりファンタジィ、アクション、ミステリ、人間ドラマ、コメディといったエンタメ要素の総ざらえなわけで「もう、これ以上何が必要って言うんだい」って監督のほくそ笑む顔がありありと浮かんできますね。

m:ファンタジィを効果的に用いた人間ドラマという意味では案外、キャプラ『素晴らしき哉、人生!』の直系にも思えるんだよな。
CG過多ないかにも今どきの映画であることは否定しないが、基本はちゃんと押さえてる。

c:2016年のベスト1に選出した『暗殺』の感想でmovieさんがおっしゃってたことを引用すると、韓国映画の両輪は「ポン・ジュノ、パク・チャヌク、イ・チャンドン、キム・ギドク、ホン・サンスら国際的にも評価が高い作家性の強い監督たちと、えげつないまでの韓国ノワール」であると。「でも、その両輪以外にもカン・ウソク『シルミド』、チャン・フン『義兄弟』『高地戦』、キム・ハンミン『神弓』といった誰が見ても楽しめる痛快まるかじりエンタメ大作路線が韓国映画にもちゃんとあるんだよ」とおっしゃってましたが、まさに本作こそが韓国産痛快丸かじりエンタメの到達点であり最高峰と呼んで差しつかえないのでは。

m:近年の欧米映画を見渡しても比肩する作品は、ちょっと思いつかないな。
去年のベスト1に選出したインド映画『バーフバリ 王の凱旋』すら霞んでしまうほどだよ。 

c:前篇である第一章だけで独立した作品として破格の面白さですが、後篇の第二章がまたすごい。
第二章は第一章の後日譚で何に触れても第一章のネタバレになるので何もいいませんが、前篇の要素をことごとく「対」だったり「逆」にしたり合わせ鏡のような対称性のオンパレードで脚本の構築度の高さに度肝を抜かれますね。

m:『バジュランギおじさん』の感想で前半と後半のバスの場面が対になっていると指摘したけど、あれの比じゃないからな。ある意味、前篇自体が壮大な伏線ってか。それでいて、後篇独自の面白さもちゃんと担保されてるのだから舌を巻く。

c:後篇も前篇と同じく冥界⇔地上が同時進行しますが、それぞれの過去篇も描いて都合、四時制が並行。それをつなぐ歯切れの良いカットバックの妙味でまったく飽きさせません。細切れ感に眉をひそめる向きもあるかとは思いますが、最先端エンタメ映画における編集の手本としての見方もあるかと。

m:信頼できるブログ『アジア映画巡礼』を主宰されてるcinetamaさまも「見終わるとどっと疲れます」と書かれているが、それも納得。ものすごい情報量だと思うよ。
本作に唯一の欠点があるとするならば、それは詰め込みすぎってことじゃなかろうか(笑)

◆◆◆

c:それじゃ、うちらの守備範囲であるアメリカンコメディ、香港(中華圏)映画、韓国映画の年間総括をして〆ましょうか。

m:これだけは先に言っておきたいが、オレらはアジア映画ファンなんで欧米映画とアジア映画が同程度の面白さだったらアジア映画を優先して年間ベストを選んでる。にも変わらず、今年はアメリカ映画が8本もランクインした。それは2019年がアメリカ映画豊作の年だったという意味ではなく、(今年、日本でソフト化&配信された)アジア映画の低迷が原因なんだよな。まあ、あくまでオレらの主観なんで異論は大いに認めるけど(笑)
だからといってベスト10に上げた作品が年間ベストに相応しくない作品と誤解してほしくはない。オレらが自信を持って選んだ10本であることは強調しておきたいね。 

c:ここ数年は毎年のように不作だ不作だと嘆いてる米コメディですが、テンに入れた以外だと…
ウィル・フェレル『俺たちホームズ&ワトソン』
メルギブ『ハート・オブ・ウーマン』の男女逆転リメイク『ハート・オブ・マン』
アダム・サンドラー『マーダー・ミステリー』
ぐらいしかない!?
米コメディは日本未公開→DVDスルーがデフォだったんですけど、最近は即ネット配信も多くて追いきれてないのが実情です。だから見逃してる作品もあるかとは思いますが、それにしたってあまりの不毛ぶり。

m:いやいやいや、今年はむしろ米コメディ豊作の一年だろ(怒)
なにしろオレらのテンの内『インスタント・ファミリー』『ロマンティックじゃない?』は純コメディだし、『グリーンブック』『シンプル・フェイバー』はコメディ監督が手掛けてる。
『スパイダーバース』もきわめてコメディ要素が高いし、『女王陛下のお気に入り』はブラックコメディとしても見れる。
さらに『ある女流作家の罪と罰』の主演はコメディエンヌだし、『運び屋』もイーストウッド監督作の中では『スペースカウボーイ』と並んでユーモア度が高い。
つまり、オレらがテンに選んだ8本のアメリカ映画は実質的には全部コメディなんだよ。確かに日本で見れる米コメディの本数減少はもはや歯止めが効かないまでに加速してるが、むしろ「浸透と拡散」によって「すべて(のアメリカ映画)がコメディになる」と言っても決して過言じゃない(真顔)

c:ちょっと何言ってるのかわかんない。
(無視して)韓国映画の総括に移ります。今年公開だと…
『バーニング劇場版』
「神と共に」二部作
『工作 黒金星と呼ばれた男』
トーさん『ドラッグ・ウォー/毒戦』のリメイク『毒戦  BELIEVER』
あと、社会派エンタメだと『国家が破産する日』がありましたね。 

m:netflix配信で『インサイダーズ/内部者たち』の俊英ウ・ミンホ監督の新作『麻薬王』もあったが、特筆する出来じゃなかったしな。
俺らのアンテナが鈍ってるせいもあるんだろうが、あれだけ隆盛を誇った韓国ノワールがほぼほぼ全滅なのはさびしいね。

c:いまや韓国映画といえばノワールよりもマ・ドンソクですよ。もはやマ・ドンソク自体がひとつのジャンルってか(笑)
『無双の鉄拳』『守護教師』でひとり気を吐きました。 

m:まあ、韓国映画は今年がたまたまエアポケットだったと思いたい。『工作』『毒戦』が年内ソフト化されてればベスト10候補だったのは確実だし、不作の原因は特に思い当たらない。
特に年明け早々ポン・ジュノ『パラサイト/半地下の家族』の公開も控えてるし。

c:じゃ、ラストは香港映画です。今年ソフト化だと…
ツイ・ハーク『王朝の陰謀 闇の四天王と黄金のドラゴン』
大陸で大ゴケしたためお蔵入りになっていたジョン・ウー「ザ・クロッシング」二部作
『イップマン外伝/マスターZ』
トニー・レオン主演「攻略」シリーズ三作目『レイダース/欧州攻略』
オキサイド・パン『ザ・ビッグコール 史上最強の詐欺師たち』
…ぐらいですかね。

m:ツイ・ハークとウーさんの新作が揃い踏みなのにもはやワクワクしないからなあ。
そうそう、昨年のベスト10発表後にリンゴ・ラムが亡くなった。まだ63歳だってよ。トーさんより若い。長い沈黙を破って復帰したばかりだったのに。ご冥福をお祈りいたします。

c:個人的に掘り出し物だったのが『ザ・ビッグコール』。副題からスケールのでかいコンゲームものかと思ったら中国の振り込め詐欺の話。ご贔屓のグイ・ルンメイはその薄汚いコールセンターを仕切る主任。全然思てたんと違う話でしたが、香港映画の十八番の要素やらニューシネマ感やら色々と増し増しで意外と楽しい。
少なくともオキサイド・パンの前作『腐女子探偵★桂香』に比べれば格段の出来。

m:あと中国映画だが、『殺人の追憶』『薄氷の殺人』と並び称されることも多い『迫り来る嵐』もよかった。
監督インタビューによると参考にした作品は『めまい』『カンバセーション…盗聴…』、つまりオブセッションの話。個人的にはここに『ゾディアック』も並べたい。
「ミステリマガジン」の映画評で柳下毅一郎さんも誉めてたね。
欠点もいろいろあるが、タマが足りなければ10位あたりにねじ込みたかった心残りの一本だよ。

c:香港映画界に明るい展望はあまりありませんが、香港電影金像奨受賞のチョウ・ユンファ×アーロン・クォック『プロジェクト・グーテンベルグ』の公開は決まってますし、『レクイエム/最後の銃弾』の続篇でアンディ・ラウ×ルイス・クー『掃毒2天地対決』も来年には日本公開されるはず?

m:例年、年間ベスト10には必ず枠を確保して香港映画を入れてたんだが、2年連続で選から漏れたのも痛いな。
才能が流出したわけでなし、香港映画界低迷の理由はあくまで資金力の問題なんだよ。ダンテ・ラムのように中国政府プロパガンダの片棒を担いでほしいわけじゃないが、巧いこと中国資本をちょろまかして(笑)、身も心もシビれるような香港ノワールを撮ってくれないだろうか。

◆◆◆




恋愛に夢も希望も持てない建築家が目覚めると、そこは大嫌いなラブコメの世界。一刻も早く元の日常に戻るため、お決まりのハッピーエンドを目指すが...。
(netflixより引用)
cinema365(以下c)ラブコメ嫌いなヒロインがラブコメ世界に迷い込み、そのお約束にいちいちツッコミを入れることで笑いを生む。つまりラブコメの脱構築なわけで、これは意外とありそうでなかったのかな?

movie(以下m)ジャンルは違うが、ホラーを脱構築した『キャビン』の方法論に近いといえる。 

↑のあらすじにもありますが、ヒロインはこの世界から脱出するために定番のハッピーエンドを目指す。つまりヒロインがラブコメのお約束に乗っかっちゃうわけです。これって脱構築しておきながら原点回帰するわけで一見、テクニカルにも思えるんですが、なんだかもやっと。なんだ、徹底してないじゃんって。

ところが本作に驚くのはこの先で、なんとラブコメ幻想を粉々に破壊するんだ。
ネタバレになるから詳しくは言わないが、ディズニープリンセスにもはや王子様はいらないって一大パラダイムシフトを提示した『アナと雪の女王』の衝撃を思い出したよ。 
そうしたラブコメ幻想の破壊を踏まえた上で、観客をもう一度ラブコメに恋させる真のエンディングが用意されている。心憎いとはこのことか。

図式的に整理すると
ラブコメの脱構築→回帰→破壊→再認識
ってことですかね。
優れたラブコメ批評であると同時にラブコメ礼讃でもあるという。

ただ手放しで絶賛というわけでもなくて、特にラブコメ幻想破壊のくだりはあまりに唐突。本作はエンドクレジット+αを除くと、尺が80分しかなくて図式だけを先行させた感が否めない。もっと描きこんでもよかったと思うな。

あとヒロインを演じたレベル・ウィルソンは太ってるけど普通に美人で小顔。この人ってビジネスデブなのでは?
アン・ハサウェイと共演した『ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ』のリメイク(主要キャストを男優から女優に変更した『ゴーストバスターズ』『オーシャンズ8』の流れを汲む一本)『The Hustle』はアメリカでは評判が悪いようですが、早く日本にも出ておいで。


正しい日

cinema365(以下c)なぜか知りませんが、ホン・サンス作品は日本では4本まとめて同時期に公開されることが多い。
『正しい日 間違えた日』(2015)
『夜の浜辺でひとり』(17)
『それから』(同)
『クレアのカメラ』(同)
と続けて見たので、ここらで感想をまとめておきます。

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 馳星周の自伝的青春小説。馳が「深夜プラス1」(作中では「マーロウ」)でのバイト時代の思い出を描くと聞いて、てっきり大沢在昌、北方謙三、船戸与一、志水辰夫ら国産冒険小説の黄金時代に立ち会った記録と思ったら、その要素は希薄でがっかり。
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