『キラー・スナイパー』の舞台はアメリカ南部だ。漆黒の夜。土砂降りの雨。いらだたしい番犬の咆哮。クリス(エミール・ハーシュ)は実家(トレーラーハウス?)のドアをたたくが、誰も応答しない。小便が漏れちまうだろ、誰もいないのか。尚も執拗にたたき続けるクリスだが、ようやく開いたドアから目に入ったのは義母(ジーナ・ガーション)の股間の茂みだった。かーちゃん、下着ぐらい履けよ! ここはあたしのウチなんだ、文句あんのかい? 罵りあい、取っ組みあいを始めるボンクラ母子。そして仲裁に入る実の父親アンセル(トーマス・ヘイデン・チャーチ)もまたズボンを履いてない。
この導入部だけで、すでに傑作の太鼓判を押してしまいたいほど素晴らしい。ジーナ・ガーションの陰毛に興味はないが、陰毛をさらけだす、その度胸が素晴らしい。
クリスは借金を抱えていた。その借金を返すために実母の保険金殺人を思いつく。保険金の受取人はオツムの弱い妹のドティ(ジュノー・テンプル)だ。刑事のジョー(マシュー・マコノヒー)が裏稼業で殺し屋をやってるらしい。彼に頼めば間違いない。簡単な計画だ、何も問題はないさ……。
困窮から抜け出せないホワイト・トラッシュたち。そんな彼らが計画した穴だらけの犯罪があっけなく瓦解する。こうした物語を好んで描いてきた監督と言えばコーエン兄弟だろう。だが、本作はコーエン兄弟的というより、むしろ彼らが影響を受けたパルプマガジン――男性の暇つぶし用に暴力とセックスを扇動する小説が掲載された粗悪な雑誌――に近い印象を受ける。そう、まさに本作はパルプマガジン的であり、直接的なセックス描写はないものの、いきなり陰毛は映るわ、クリスの夢の中に現れる妹は全裸だわ(近親相姦の暗喩だろう)、フライドチキンを男根に見立ててフェラチオはさせるわ、やりたい放題。さらにジョーが残忍な本性を現す後半は痛々しい暴力描写にあふれている。
男性を興奮させる『キラー・スナイパー』の扇情的なセックス&バイオレンス描写。先に僕は「本作のストーリーはコーエン兄弟的だが、あまり彼らのテイストは感じられない」という趣旨のことを書いたが、その理由はコーエン兄弟の映画が(おそらく意図的に)性的要素を排除しているからだ。* つまりコーエン兄弟の映画は精子くさくない。パルプマガジン特有の男性を慰撫する性的なアジテーションがコーエン兄弟の映画には欠けている。だからストーリーは同じパルプマガジン的ではあっても、精子くさい本作とコーエン兄弟の映画は似て非なるものと言える。
それにしても、主人公が法の執行者でありながら殺人者という設定で圧倒的なセックス&バイオレンスを描いたノワール映画を、僕らは最近、目にしなかっただろうか。そう、ジム・トンプスンの原作を映画化した『キラー・インサイド・ミー』だ。あの映画もまた、男性の劣情をしごき上げるパルプマガジン的な映画だったが、唯一の欠点はトンプスンの原作が内包しているデモーニッシュな笑いを切り捨てている点にあった。
どん底まで追い詰められ、過度の暴力にさらされるパルプマガジンの登場人物たち。彼らの境遇は救いようがなく、それゆえにもはや笑うしかない。パルプマガジン的なるものと黒い笑いの相性がいいことを教えてくれたのはトンプスンの諸作だが、そうしたトンプスン譲りの歪んだ笑いが『キラー・スナイパー』にも横溢している。
例えば、ドティに惚れたジョーは彼女にストリップをさせるが、下着を脱ぐ前に靴下を脱げとかよくわからない性癖にこだわりをみせる。あるいは、借金取りにフルボッコにされたクリスがなんとか家にたどり着くが、ドティ以外の家族は彼の容態を無視。さっさと寝室に戻っていく。つまり重症のクリスをほっといてセックスに励む。きわめつけは、保険金殺人を企む家族の中に潜む裏切り者を暴き出す終盤の展開だが、その鍵を握るのは、なんと写真に映ったペニスなのだ! ジョーがアンセルに「これはお前のペニスか?」と尋ねる場違いなおかしさには、もう腹を抱えてゲラゲラ笑うしかない。
『キラー・スナイパー』は冒頭のシークエンスを見ただけで、すでにパルプ・ノワールの傑作の予感がびんびん感じられるが、見終わるとその予感は揺るぎない確信へと変わる。そして、もし仮に『キラー・インサイド・ミー』のメガホンをマイケル・ウィンターボトムではなく、ウィリアム・フリードキンが取っていたらどんなとてつもない傑作が生まれていただろうか、という妄想が止まらなくなる。
それは、コーエン兄弟のミューズである(兄ジョエルの妻でもある)フランシス・マクドーマンドにセックスアピールをまったく感じないことと無関係ではないだろう。また(誤解を招くかもしれないが)、コーエン兄弟の笑いはどこか幼児的であり、そうした幼児性と性的に未成熟な作風の間には何らかの関連性があるようにも思える
キラー・スナイパー(2011・アメリカ)
●監督/ウィリアム・フリードキン
●脚本/トレイシー・レッツ
●出演/マシュー・マコノヒー エミール・ハーシュ ジュノー・テンプル ジーナ・ガーション トーマス・ヘイデン・チャーチ
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