ニューヨークでのセレブ生活が崩壊し、妹(サリー・ホーキンス)の住むサンフランシスコへとやって来たジャスミン(ケイト・ブランシェット)。質素な生活を送る妹の厄介になりながらも、虚栄心が捨てられずに周囲にまるで馴染めない。おのずと精神もますます疲弊していく。それでも華やかな生活を諦めることができず、再びセレブな舞台への返り咲きを期して躍起になるジャスミンだったが……。
(allcinemaより引用)

▼それでもボクはパクってない
 ウディ・アレン『ブルージャスミン』はアメリカ公開の当初から、テネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』との類似が指摘されていた。この疑惑に対してアレンは「正直に言えば、『ブルージャスミン』のもともとのアイデアは、妻とランチに行ったときに聞いたある女性の話なんだ。人も羨むゴージャスな暮らしをしていたのに、ある日突然、政府からなにもかも取り上げられてしまった女性でね」*1 と答え、あくまで『欲望という名の電車』とは無関係であるというスタンスを強調した。
 しかし、そうは言ってもこの二作の相似は誰の目にも明らかだろう。よしんば、着想そのものは「妻とランチに行ったときに聞いたある女性の話」から得たとしても、「没落した姉が貧乏な妹のもとへ、やむなく身を寄せるが、妹の夫(あるいは前夫)に過去を暴露され精神的に破滅する」という二作に共通する物語の骨格は笑っちゃうほどそっくりであり、偶然の一致で押し通すにはあまりにも無理がありすぎる。

 実は、このように名作との類似を取りざたされることはアレンにとって決して珍しい話ではない。たとえば『スターダスト・メモリー』はフェリーニ『8 1/2』の影響下にあるとよく指摘されるが、アレンは「全然違うと思うね」*2 と真っ向から否定する。あるいは『サマー・ナイト』とベルイマン『夏の夜は三度微笑む』の相似についても、アレンは頑なにその影響を認めようとはしない。*3
 フェリーニもベルイマンもアレンにとって最愛の作家であることはよく知られており、また『欲望という名の電車』についても「エリア・カザンの映画版が完璧」*4 とまで公言している。ここまで敬意を表している監督/作品に対して明白な類似が(しかも幾度も)指摘されているにも関わらず「それでも影響は受けていない」「あくまで私のオリジナル」(大意)と言い張るアレンの精神構造は凡人である僕にはとても理解できないが、逆に言えば、ここまでエゴが強くないと映画監督という人種は務まらないのかもしれない。
 誇らしげに引用作を語るタランティーノ以降のフィルムメーカーたちと比べれば、アレンのこの頑迷さはさらに奇異に映るが、それは単に世代の差だけではないと思う。そこにはクリエーターとしての覚悟、あるいは凄味のようなものを感じざるをえない。


▼ジャスミンのモデルは誰か?
 そんなわけで『欲望という名の電車』と『ブルージャスミン』はとてもよく似ている。それを踏まえた上で、逆に相違点を探れば、いちばん大きな違いは『ブルージャスミン』が過去と現代を交互に語る入れ子構造になっている点だろう。
 ジャスミン夫妻の金融詐欺はなぜ露呈したのか。ジャスミンはなぜ精神を病んだのか。そうした過去の破たんと現代の破滅を二重のクライマックスとしてたたみかける本作の手法は『欲望という名の電車』よりも残酷で、観客に与える悲劇のカタルシスは倍加している。

 ジャスミン夫妻の金融詐欺が露見したきっかけ。それはジャスミンの夫であるハル(アレック・ボールドウィン)の浮気のせいだ。(以下ネタばれ)ハルはあっちゃこっちゃで女性に手を出しまくり、知らぬは妻のジャスミンばかりなり。あげく、10代のフランス人留学生にのぼせあがり妻に離婚を提案する。
 これって、パートナーだった女性の若い養女と肉体関係を持ち、それが原因で長年連れ添った内縁の妻と別れたアレン自身の投影だろう。プライベートを切り売りするアレンの自虐癖はいまだに健在でニヤニヤしてしまうが、ストーリーの続きを書けば、ジャスミンはハルへの腹いせとしてFBIに夫の不正を洗いざらいぶちまける。その結果、ハルは逮捕され、社会的に抹殺されてしまうのだが、これもまた、養女とのスキャンダルをパートナーだった女性から暴露され、それまで築き上げてきた映画人としてのキャリアをどん底まで叩き落とされたアレンの姿そのものに思える。つまり、ハル=アレンであるならば、夫への復讐を企んだ妻ジャスミンのモデルとは、アレンのかつてのパートナーであったミア・ファローにほかならない。

 何度も繰り返して恐縮だが、『欲望という名の電車』と『ブルージャスミン』はよく似ている。それは『欲望という名の電車』のヒロインであるブランチと本作のジャスミンのキャラクターが酷似している、という意味でもある(実際、ジャスミン役のケイト・ブランシェットは過去に舞台でブランチ役を演じた経験がある)。どちらも精神を病んだ神経症的な演技で見る者の気を滅入らせる。しかし、アレンのファンなら、こうした線の細い神経症的演技に懐かしさを覚えないだろうか。具体的に書いてしまえば、本作のケイトの演技が1980年代にアレンのミューズだったミア・ファローの演技と重なって見えないだろうか。これは妄想にすぎないが、もし仮に『ブルージャスミン』の脚本が80年代に書かれていたとしたら、ジャスミン役は間違いなくミアが演じていたはずだ。
 『セレブリティ』のケネス・ブラナー。『ミッドナイト・イン・パリ』のオーウェン・ウィルソン。彼らはアレンのおどおどした演技を完コピしてみせた。それは彼らの演じた役がアレンが若ければ、きっとアレン自身が演じていただろうと思わせる役であるからなのだが、同じことを『ブルージャスミン』にも当てはめてみたくなる。つまり、ジャスミン役はミアが若ければ間違いなく彼女自身が演じていた役であり、その役を演じるケイトが(K・ブラナーやO・ウィルソンがアレンの過去の演技を模倣したように)ミアの過去の演技を意識したとしてもなんら不思議はない。

 ご記憶の方も多いと思うが、2014年2月にミア・ファローの養女であるディランが「7歳の時にアレンから性的虐待を受けた」と告白し大騒動になった。14年2月と言えば、第86回アカデミー賞の発表前。『ブルージャスミン』はケイトが主演女優賞、サリー・ホーキンスが助演女優賞、アレンがオリジナル脚本賞にそれぞれノミネートされており、その受賞を阻むことが、このネガティブ・キャンペーンの狙いであることは一目瞭然だった。
 しかし、なぜこのタイミングなのか。実はアレンのディランに対する性的虐待疑惑は1992年にも裁判沙汰になっている。92年から22年後の2014年に、この問題をふたたび蒸し返すのはあまりに唐突に思える。そもそも、この22年の間にアレン作品は複数回のアカデミー賞ノミネート&受賞*5 を果たしており、その受賞を阻むことだけが目的ならば機会は過去に何度でもあったはずだ。つまり、ミアにとってアレンの他の作品は眼中になく、受賞を阻止したいのはあくまで『ブルージャスミン』のみ。裏を返せば、そこまで『ブルージャスミン』に対して深いわだかまりを抱いている。

 ミアの立場から整理してみよう。
 夫(=アレン)の不正を密告(=スキャンダルを暴露)して社会的に抹殺しようとした精神的に不安定な妻(=ミア)。このように明らかに自分をモデルにしたと思しきキャラクターを、かつて自分の得意とした演技スタイル(神経症的演技)を意識的に取り入れた別の女優が演じる。
 それはミアにとって二重の屈辱ではなかったか。だからこそ、22年も前のスキャンダルを掘り返してまでケイトの受賞を阻止したかったのではないか。
 以上はすべて僕の妄想にすぎないが、こうしたミアの『ブルージャスミン』に対する異常なまでの当てこすりこそ、ミア本人が「ジャスミンのモデルは私である」と認める逆説的な証拠に思えてならないのだ。



●参考文献および注釈
*1 *4 『キネマ旬報 2014年5月下旬号』
*2 『ウディ・オン・アレン』P147
*3 『E/M BOOKS Vol.3 ウディ・アレン』P122
*5 1992~2014の22年間にアレン自身(監督賞&脚本賞)のノミネート&受賞だけで9回。俳優部門などの候補&受賞が12回。計21回(アレンは製作に関与してないのでカウントしないが作品賞にも1回ノミネートされている)の候補歴がある


ブルージャスミン(2013・アメリカ)
●監督/脚本/ウディ・アレン
●出演/ケイト・ブランシェット アレック・ボールドウィン サリー・ホーキンス ピーター・サースガード


映画『ブルージャスミン』予告編
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コメント

  1. じゅり | 79D/WHSg

    No title

    ごぶさたしております~
    久しぶりに記事読ませてもらったけど、いやぁ、やっぱりさすがの考察でござる!
    「欲望と…」と似ているのは観てわかったけど、ジャスミンのモデルについては、読み進めて納得~~

    ( 23:43 [Edit] )

  2. 柴多知彦 | 79D/WHSg

    No title

    >じゅりさん。コメントありがとうございます。
    実は恥ずかしながら「欲望という名の電車」は見たことがなくて、「ブルージャスミン」のおかげで見る機会を得たことがいちばんの収穫でした。「ブルージャスミン」はアレンなのであくまでコメディとして撮ってますけど、「欲望~」はマジでキ×ガイの話でいま忠実に映画化したらサイコサスペンスになりそうですね^^;

    ( 23:23 [Edit] )

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